完全自動運転が実現すると社会はどうなるのでしょうか。先述したように、単にタクシーやバスの運転手がいなくなるだけではありません。
大きく変わる点は、これまでのように車を各人が所有するのではなく、シェアする社会になります。完全自動運転の技術とITを利用した配車システムがそれを可能にします。
車を個人で所有せずにシェアすると何が変わるのでしょうか。
我が国の普通自動車の年間走行距離は商業車を除くと、約1万kmです。単純に計算すると1日当たり30kmになります。市内の平均速度を20km/hとすると、1日に乗車する時間は1.5時間になります。つまり1日の内22.5時間は駐車場に止まっています。この駐車場に止まっている時間を有効に利用するために車をシェアします。1日24時間フルにシェアすれば、24時間÷1.5時間=16 となりますが、この数字は大きすぎるとして日中の時間を対象にして 12時間÷1.5時間=8 となります。この数字でもかなり大きい値だと思うので、設定を3~6程度とします。
日本の普通車の台数は、およそ6千万台です。この車両をシェアして利用することで、二千万~一千万台になります。これにより、国内の駐車スペースを減少することができます。
次に、車両の利用方法も、相乗り(ライドシェアリング)を基本とすると、道路を走行する車両台数は減少します。相乗り率が2~3程度になれば、走行する車両は今の二分の一から三分の一に減少します。これは、道路の渋滞緩和に大きく貢献します。
街はどのように変わるのでしょうか。自動運転車両は、ショッピングセンターで利用者を降ろすと、次の目的地へ移動します。つまり、駐車場がいらなくなります。必要なのは昇降場所のみとなります。これは同様に、各家庭でも駐車場が必要ありません。街の資本整備の在り方が大きく変わります。
鉄道駅の存在価値も変わってきます。例えば、自宅から徒歩あるいはバスを利用して駅まで15分、電車で30分の通勤をしたのち、会社まで15分、計1時間かかる場合、自動運転であれば自宅から会社まで同様に1時間かかったとしても、乗り換える必要がなく、快適に移動することが可能です。鉄道の主な役割は、東京・名古屋・福岡間の様な主要都市と主要都市と地方都市を結ぶ事となります。地域内の移動は、自動運転が担います。(都市規模による、電車による大量輸送については考慮する必要があります)
自動運転のある社会は、まさにすべての人がお抱え運転手付きの車両を持っているようなものです。地域内の移動の問題は大きく解消されます。
現在の様な、運転手が必要な車はどうなるでしょうか。いずれは無くなると思います。自動運転車とそうでない車とは共存する事はありません。
理由は大きく二つあります。一つは安全面です。人の運転より自動運転の方が安全である事が大きな利用です。自動運転化により、交通事故件数が減少する一方、事故件数に占める原因が人の運転によるもが大きくなれば、批判が大きくなると同時に規制も行われるでしょう。
もう一つは、自動運転化社会に対する人の運転による負荷、つまりマイナスの効果です。シェアして利用する自動運転車両は、ITによる配車システムによりコントロールされます。この際、全車両の効率が優先されます。つまり、1台だけが早く行くことができれば、他の車はどうでもよい、という運行ではなく、時間当たりあるいは一日当たりで、稼働する全車両の最も効率の良い運行が実施されるでしょう。ところが、そこに人の運転が入ると、全体の効率性を損なうのではないかと思います。
このように考えると、人による運転は、モータースポーツという分野に特化します。サーキット場を走行したり、あるいは海岸線の道路を一時的に開放することで、ドライブを行うようになるかもしれません。
人口減少を視野に入れたコンパクトシティという概念は、鉄道駅を中心に計画されていますが、自動運転化の社会ででは必ずしも駅を中心にする必要はありません。
自動運転化の実現はとても大きな影響を社会に与えます。そして、それはそう遠くない未来の話しです。少子高齢化社会を迎え人口が減少する社会では、自動運転を考慮した社会を検討する必要があります。